四川料理の歴史のイメージ

飄香の魅力

四川料理の歴史

飄香は「伝統四川料理の伝承」をコンセプトとしています。日本ならではの食材や風土に合わせた変更もあくまで伝統四川料理から逸脱しない範囲で行っています。日本人向けに大幅にアレンジされた独自の四川料理を飄香が提供することは決してありません。

この飄香のコンセプトを守るため、本場成都で幾度も修行を重ね、毎年のように成都に訪れ、現地に伝わる伝統四川料理の体系や作法をマスターしてきました。それだけでなく、成都博物館なども訪れ、四川料理の根底に脈々と流れる歴史や文化の理解にも努めました。

このページでは、飄香を理解するうえで欠かせない四川料理の歴史について、少し詳しくお話しいたします。

1. 四川料理の歴史

中国の西南部に位置する四川省は、険しい山岳地帯に囲まれた盆地を有し、四季のある温暖な気候と肥沃な大地に恵まれていることから、古来より「天府之国(天が与えた国)」と称された地です。

海のない内陸地でありながら、省内には清らかに澄んだ淡水湖・瀘沽湖があり、川魚を始めとする水産資源に恵まれていました。海を持たないからこそ、アワビやフカヒレといった乾燥海産物の調理方法も発達してきました。

多くの日本人は四川料理というと唐辛子が多用された真っ赤な辛い料理を想像するでしょう。しかし伝統的な四川料理には、日本人が想像する赤くて辛い料理とまったく異なる料理がたくさん存在しています。ただし、多種多様な香辛料を使うのが四川料理の特徴という認識は間違っていません。

世界中の盆地と同様に、四川盆地もまた夏は暑く冬は寒いという気候特性を持っています。1年の大半はどんよりと曇っており、太陽を見ると犬が吠えるということわざがあるほどで、また湖に面していることもあって、一年を通して湿度が高いのも特徴です。このように人の体力を奪いやすい気候特性だからこそ、古来より人々は香辛料を料理に用い、体調管理に努めてきました。四川料理に多彩な香辛料が使われるのは、気候風土に由来する必然的な特徴なのです。

このように四川料理を象徴する香辛料からは、四川料理の別の一面も窺い知ることもできます。

今となっては四川料理を代表する唐辛子は、かつての四川料理では使われていない香辛料です。16世紀に記された書物の中に、四川料理の特徴として「スパイスを好む」という記述はありますが、唐辛子に関する言及はありません。なぜなら、唐辛子は元々中国には存在しない香辛料だからです。南米原産の唐辛子が中国に伝来したのは大航海時代を迎えた17世紀、明朝末期といわれています。

このことは、四川料理は古の食文化をただ継承してきたのではなく、外部の食文化を積極的に取り込んで現在の姿に進化してきたことを物語っています。

四川料理が取り入れた外部の食文化は唐辛子だけではありません。四川省と隣接する雲南省、貴州省、チベット自治区には数多くの少数民族が暮らしていますが、彼らの伝統料理もまた、四川料理に大きな影響を与えています。

また清代に西欧列強が持ち込んだ西洋料理も、四川料理に大きな影響を与えてた食文化の一つです。伝統的な四川料理にはトマトやマスタードといった洋風の味付けも登場しますが、これらはすべて西洋料理からの影響です。

つまり四川料理とは、四川省の豊かな自然に根差しながらも、外界の食文化も貪欲に取り込んで多彩かつ複雑に進化してきた料理なのです。そしてこのような中国の歴史と並走する四川料理の変化は、動乱の時代といえる20世紀においても見られます。

第二次世界大戦の終了とともに列強の支配が終わり、内戦が激化した1949年。蒋介石率いる国民党を台湾に追い出した中国共産党の毛沢東によって、中華人民共和国の建国が宣言されました。その直後より、国家事業として国内文化の記録と整理が始まります。その一環として「飲食服務業管理局」と呼ばれる国家機関が編纂したのが、『中国名菜譜』です。全11巻に渡って中国全土の郷土料理、家庭料理、宮廷料理などを体系化したもので、この中で四川料理の明確な定義付けもなされました。

しかし『中国名菜譜』が完成した直後、中国は文化大革命に突入し、多くの知識人や文化人が粛清され、中国の文化・経済は大きく後退しました。文化大革命は旧体制的な封建文化や欧米主導の資本主義を否定し、ブルジョワを殲滅する運動でもありました。食文化もその影響を受け、特に贅沢な伝統料理店の多くはブルジョワの象徴として破壊されました。

文化大革命という冬の時代が終わった1980年代、四川料理は息を吹き返します。文化大革命直前に編纂された『中国名菜譜』の影響もあり、体系化された四川料理はかつてないほどの発展を見せていきました。実は飄香が最も影響を受けている伝統四川料理もまた、『中国名菜譜』の中で定義され、1980年代に発展した四川料理の技法や考え方なのです。

四川料理はこのような歴史や由来を知らなくても楽しめる親しみやすい料理です。しかしながら、一つ一つの料理の根底には、中国大陸で繰り広げられた悠久の歴史と、それに由来する数奇な物語が脈々と受け継がれています。このような歴史的な背景に思いを馳せながら味わうのもまた、四川料理の楽しみの一つです。飄香でも、料理の背景にある歴史も含めて、四川料理の魅力をお伝えしていければと思っています。

2. 四川料理の分類

長い歴史を持つ四川料理には、いくつかの流派やバリエーションが存在します。分類の仕方は様々ですが、成都を中心とする「蓉派」と重慶を中心とする「渝派」に分ける考え方があります。

成都は約2000年の歴史を持つ中国有数の古代都市です。3世紀には『三国志』の舞台となり、有名な諸葛亮や関羽を従えた劉備が成都を蜀の国都としました。4世紀の五胡十六国時代には、成漢の初代皇帝李雄が成都を中心とした国づくりを進めました。7世紀の唐代には水運が開け、大きな戦乱に見舞われることもなかったため、商業都市として大きな発展を見せました。貴族や高級官僚も多く住んでいたため、宮廷料理で用いられる厳かな様式が形作られていきました。その後、清代初期の動乱、19世紀の列強進出、20世紀の文化大革命という波乱を乗り越えながら、成都の伝統的なスタイルを継承し、その一方で庶民の間で伝承されてきた伝統的な家庭料理も混在しているのが、蓉派の四川料理です。

重慶も遡れば1500年以上の歴史がありますが、成都のように王朝の国都として大きく栄えたことはなく、どちらかといえば19世紀以降に急速に発展した近代都市です。今では中国第5位の経済力を誇り、主力産業である工業以外に、近年は欧米企業も進出し、ITも発達しています。貴族や高級官僚が住んでいた成都と異なり、伝統に囚われない自由な発想の大衆料理や家庭料理が多いのが渝派の特徴です。例えば日本人にも馴染みがある火鍋は、7世紀の唐代には庶民料理として中国全土に普及しましたが、一説には重慶の大衆料理が発祥とも言われています。

成都を拠点とする蓉派の中でも、伝統を重んじる流派を「経典川菜(チンティエンチョアンツァイ)」、90年代以降に生まれた新しい流派を「新派川菜(シンパィチョアンツァイ)」とする分類もあります。

伝統的な四川料理である経典川菜には、贅を尽くした宮廷料理から庶民的な家庭料理までが含まれます。中でも貴族や高官・上流階級向けの宮廷料理は「筵席菜」、一般庶民から生まれた家庭料理は「家常菜」とも呼ばれます。日本人にはお馴染みの麻婆豆腐、回鍋肉、青椒肉絲といった料理は、四川の伝統的な家庭料理であるため、経典川菜の中の家常菜といえます。

新派川菜は伝統に囚われず大胆なアレンジを施した四川料理で、海がない四川省ではあまり使わってこなかった海産物も積極的に用います。伝統的な四川料理では見られない、モダンな調理法や味付けを施したインパクトのある料理が特徴です。

重慶の渝派も含む成都以外の地方料理の系譜も存在しています。重慶を中心に今では四川省全域で見られる「江湖菜」というスタイルもその一つです。豪快なネーミングや見た目が特徴で、味付けも濃いために、特に庶民に人気を博しています。

このような複雑に枝分かれした四川料理の系譜で見るならば、私たち飄香は成都を中心とする蓉派の中の、伝統的な四川料理である経典川菜の流れにあるといえます。

飄香が皆様に提供しているメニューには、宮廷料理である筵席菜と家庭料理である家常菜の両方が含まれています。中でも麻布十番本店のコースは、筵席菜を強く意識したスタイルになっています。

お店と料理

飄香のお店で伝統四川料理をお楽しみください

麻布十番本店のイメージ
  • 東京都港区麻布十番1-3-8 Fプラザ B1F
  • ランチ  11:30 ~ 15:00 (L.O. 14:00)
  • ディナー 18:00 ~ 23:00 (L.O. 21:30)
  • 定休日  月曜日、第1・3火曜日
六本木ヒルズ店のイメージ
  • 東京都港区六本木6丁目10-1
    六本木ヒルズ森タワーウェストウォーク 5F
  • ランチ  11:00 ~ 15:00 (L.O. 14:30)
  • ディナー 17:00 ~ 23:00 (L.O. 21:30)
  • 定休日  なし
銀座三越店のイメージ
  • 東京都中央区銀座4-6-16 銀座三越 12F
  • ランチ  11:00 ~ 16:00 (L.O. 15:30)
  • ディナー 17:00 ~ 23:00 (L.O. 21:30)日曜・連休最終日は営業時間を30分短縮
  • 定休日  銀座三越に準ずる

飄香の魅力

伝統四川料理を追求する飄香のこだわり